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  2005年04月  

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[2005/04/12 13:55] | 日々のひとりごと | トラックバック(0) | コメント(2)
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オーストラリア旅行記(5)タスマニア
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2004年2月20日
 昼までゆっくりして、飛行機でタスマニアのロンセストンに向かう。ロンセストンの空港はすごく小さい。空港ではマルタで一緒にすんでいたひろみちゃんが出迎えてくれた。ひろみちゃんのほかに、彼女がパースから一緒に車でやってきたリフト仲間2人も一緒だ。オーストラリアで車を買ってずっと運転している源さん、あしたメルボルンへいってしまう竜太くん。早速、源さんの運転でワイナリーツアーに出かける。ロンセストン近郊にはワインロードなるものがあり、テイスティングができるのだ。最初のワイナリーで作ってきてくれていたおにぎりをたべ、いざ、テイスティング開始。白ワイン中心でテイスティングするが、一ヶ所で5、6種類ためす。4つほどまわった後には少々酔っ払っていた。新たなところへ行けば行くほどおいしくなっていく。ワイナリーごとの味の違いもよくわかり、とても楽しめた。
 ロンセストン周辺をドライブした後は、夕食の準備。今日泊まるバックパッカーホテルには台所があるということなので、スーパーにて食料を調達。旅行したときにスーパーへ行くのはその国で何が売っているのか、物価がどうかということがわかるので大好きなのだが、シドニーでは行く機会がなかったので、初めてだ。私とれいちゃんははじめてのスーパーでどっさり食料を買い込む。
 夕食時の調理場はかなりの混み具合。スープ、ステーキ、ジャガイモのソテー、サラダ等、大量の夕食を作る。やはりまわりのバックパッカーの人たちの料理に比べると、かなり豪華だ。
 いい気分で酔っ払い、いつの間にか寝ていた。
[2005/04/12 13:42] | 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0)
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オーストラリア旅行記(4)シドニー2
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2004年 2月19日
 今日のメインはニューサウスウェールズ州立美術館。私はさして行く気がなかったのだけれど、カラヴァッジョの特別展示があるというので、がぜん行く気になった。マルタでも、イタリアでもカラヴァッジョの絵はみたけれど、はるかオーストラリアまで来て、また出会うとは思ってもみなかった。
 州立美術館は無料で、通常展示品もヨーロッパ、アジアのものがあり、展示方法にも凝っていて楽しめた。でも、ヨーロッパのものも、日本のものも、中国のものも一流のものではなく、何とか集めてきたレベルのものであるようなのは否めない。展示を見るよりも、オーストラリアの人たちが日本や中国の何に興味をもって見ているかの方が面白かった。やはり、立ち止まる人が一番多かったのは、葛飾北斎の浮世絵の前。その次は鎧と刀の前だった。
 カラヴァッジョの特別展示は、よかったけれど、彼自身の絵は6点ほどしかなく、彼のフォロワーの絵がほとんどだった。カラヴァッジョの画風をついでいるものの、その中でいいと思えるのは2点ほどで、ほとんどカラヴァッジョの6枚の絵の前で過ごした。主にイタリアのミラノとアメリカの美術館から借りてきたもので、私がマルタやイタリアで見た絵は一枚もなかったのでちょうどよかった。
 お昼は普通のお店でハムやら野菜を選んでサンドイッチを作ってもらい、公園の芝生で食べる。シドニーは公園と芝生が多く、とても落ちつく。中国の公園もこうだったらいいのに、とついつい思ってしまう。
 夜は、二日目にしてやっと有名なオペラハウスの方へ向かって散歩をする。オペラハウスは思ったより小さかった、クルーズの代わりにフェリーで海から夜景を見る。でも、ついつい香港の夜景と比べてしまう癖がついているのはいいこととは思わないがやはり見劣りする。
 フェリーの終点にており、近くのカジノへ行く。またまたマカオと比べてしまうのはよくないが、やはりマカオの盛り上がりには遠く及ばない。急にマカオのカジノにいきたくなった。
[2005/04/12 13:40] | 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0)
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マカオ
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 朝5時おき。インターネットをして、7時40分のバスでマカオを目指す。だが、バスの発着場所を間違えたため、乗り遅れる。郵便局が8時からやっているので、荷物を取りに行き、8時50分のバスに乗る。
 マカオまで直通ならさぞや楽だろうと思ったが、かなり遠いイミグレを通ったため、結局3時間かかった。
 マカオでは鬱憤を晴らすべくかける。日ごろはかけないような大きなお金もかけてしまってびっくり。とりあえず損しなくてよかった。
 帰りは6時のバス。行きより順調だったにもかかわらず、料金所で混雑し、3時間半。9時半ごろ着。シャオカオを食べてから帰った。
[2005/04/02 22:27] | 日々のひとりごと | トラックバック(0) | コメント(0)
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オーストラリア旅行記(3)シドニー
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2004年2月18日
 起きたらもう到着まで1時間ほど。早い。おかげて全然オーストラリアに来たという気がしない。しかも、南半球なので暑さを期待していたのに、それほど暑くない。泳げるのか少し心配になる。空港についてまずしたことは、携帯電話のSIMカードを買うこと。GMS方式の携帯電話はどこでも使えて本当に便利だ。電話が使えるようになってすぐ、マルタで一緒に住んでいて、今はオーストラリアのタスマニアでワーホリをしているひろみちゃんに到着の報告。ホテルに電話して空港迎えに来てもらい、昼ごろホテルに到着。シドニーの最初の印象は「さびれた都会」だった。観光客の山かと思いきや、あまり観光客が見当たらない。人通りも少ない。後から聞いてみると、ちょうどオーストラリアは長期やすみでみんなどこかに出かけているとのことだが、それにしても静かだ。そして、すごい暑さを想像していたのに、そうでもない。香港と同じぐらいの気温で、風が強い分だけ寒い気がする。
ボリュームたっぷりの昼食を食べ、タスマニア行きのフライト情報を集めた後、ちょっと街をぶらぶらするが、日曜だからかほとんど店が閉まっているので、近くのバーで夕食をたべ、ビールをのむ。オーストラリアのビールも種類はいろいろ。VBというビールが一番おいしかった。
 そういえば、今日は笑えるトラブルが2つ。1つ目はおやつ用にかったドリトスのほっとサルサの瓶の蓋が開かなかったこと。私のモットーは自分のことは自分で、他人の助けはなるべく借りない、だけれど、こればっかりはどうしようもない。陽気な宿のおじちゃんに頼むと「そんなのお安い御用!」と手伝ってくれるがあかない。おじちゃんは、通る男の子をみんな捕まえて「日本の子が困ってるんだ。助けてやってくれ。君のほうが力ありそうだから」と頼んでくれるが、それでもあかない。そこへ、見るからに力がありそうなラグビーボールをもった二人組みの男の子が通りかかる。二人ともトライするがあかない。私もさすがにもういいです、とあきらめかけたところ、じゃあ最後にもう一回だけ、と背の高いほうの男の子がトライしてくれ、やっと開いた。開いたときは思わず拍手。
 「あかない」トラブルはこれではおわらず、ボトルショップでかったワインまで同じ目に。宿のおじさんがまたワインオプーナーを探して
開けてくれようとするも、開かない。今度は二人目にたのんだ日本人の男の子が開けてくれた。後で聞いたところ、ちょうどこの騒ぎの時に電話をかけてきてくれたひろみちゃんは、いま取り込み中という私たちの返事と、きこえてくる拍手と異様な盛り上がりに、何事かと首をかしげていたそうだ。それにしても、この日かったニュージーランド産ワインモンタナは、フルーティなのに甘くなく、すっきりしていてとてもおいしかった。一日目から運がいい。
[2005/04/01 07:12] | 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0)
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オーストラリア旅行記(2)出発前
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2004年2月16日
 仕事は結構余裕で定時の6時前に片付けた。帰ってきたときに仕事がたまっていなければいいけれど。
 たっぴーとぶくろっちが東莞にやってきた。到着したのは9時ごろ。緑屋で広東料理を食べる。イセエビがすごく豪華。蟹のおかゆも評判がよかった。常平小姐も次の日仕事だというのに遊びに来た。就職の決まったはらっちのお祝いもかねて、四川大学OB4人が再会し、話がはずむ。旅行の準備何もしていないというのに、2時ごろまでしゃべる。
2004年2月17日 
 8時ごろおきる。はらっちを見送り、12時ごろに食事に出る。両替、街をぶらぶら、東北料理をたべ、ジャスコに行って買い物をすます。東北料理もたっぴーとぶくろっちには好評。ほんとうにおいしそうに食べてくれるので、紹介したかいがあった。4時ごろ戻って、やっと荷物をつめはじめる。母に出発する前に電話をかけたら、たいぶオーストラリア旅行にいけなくなったショックからは立ち直ったようだ。自分よりつわものの情報を集めたらしい。パスポートの存在をまったく知らず、空港の出国検査時に「海外に行くにはパスポートというものが必要なんですがご存知ですか?」ときかれた人、国際学会の講演によばれ、空港でパスポートが期限切れなのに気付き、どうしても穴をあけられない講演だからとパスポートを持っているかどうか同僚に聞いて回り、不幸にも(?)パスポートを持っていた人を自分の代わりに講演に行かせてしまったという人。ほんとうにいろいろなトラブルがあるものだ。でも、わが母も以前ドイツの空港でパスポートを忘れたのに気付き、パスポートなしで飛行機に乗せてもらい、父が住民票をもって出迎えることで日本に入れてもらったという経験の持ち主。そうそう人に負けていはいない。母の話は更に続きそうだったが、出発時間が迫ったのいたので2人のつわものの話が終わったところで電話を切り、五時半に出発。
 広州の空港へ向かうため、とりあえずバスターミナルへ。ただ、最近市内中心部のバスターミナルが全て廃止され、郊外の高速道路側に移ったため、広州行きのバスのバスターミナルがわからない。タクシーにて新しいバスターミナルに無事着いたが、人の多さにまずびっくり。さすがは春節。広州行きバスチケット売り場も長蛇の列。バスで行くのはあきらめて、タクシーを捜す。タクシーも春節料金でいつもより高め。家を早めに出ておいてよかった。
 空港でのチェックインはいつになくトラブルが多い。パスポートを切り替えて半年以上経つというのに前のパスポート番号は?などと聞かれる。一生懸命思い出せば、もういらないといわれ、わけがわからない。香港から出国するのに比べると、ずいぶん大変だ。大変なもうひとつの理由は、荷物の多さ。周りの中国人の荷物は尋常でない。ほとんどの人が移住するのではないかというぐらい荷物をもっている。この荷物の処理、オーバーチャージやらなにやらで、やたら時間がかかっているのだ。
 21:30、無事に飛行機は離陸。夕食がを食べた後
は、昨日の睡眠不足のせいでぐっすり眠る。
[2005/04/01 07:08] | 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0)
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オーストラリア旅行記(1)旅行準備
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あまり日記書いていないので、書きかけの去年のオーストラリア旅行記を引っ張り出して来た。今読むと、結構懐かしい。

2004年2月8日
 夜。残業から帰ってきて、11時ごろ母から電話があった。こっちは11時でも日本は12時ごろのはず。何事かと思って電話をとると、電話口でさけばれたのは「パスポートがない」だった。会社のともだちyasudaryと一緒にオーストラリアに行くから、日本に帰れないので、母もこの旅行に誘っていたのだ。オーストラリアは今が夏。今がシーズン。中国と日本からではフライトなどの予定あわせも大変だったというのに。航空券発券までのタイムリミットはあと一日。絶対家の中のどこかにあるはずなら、がんばってさがしてくれ。
2004年2月9日
 やはり母のパスポートは見つからないらしい。母の旅行はキャンセルとなる。かわいそうに。旅行にいけない上に、周りの人に旅行にいけなくなった理由を説明しなければならないのだから、少々落ち込んでいるようだ。中国にいる私にとっては、深セン、香港に行くときにも必要だし、ホテルに泊まるのにも必要で、番号も覚えてしまっているぐらい身近な存在だ。パスポートを常に使っているから、パスポートの所在がわからなくなるという事態はないので、気付かなかった。次旅行に行くときは、旅行に行くことが決まった時点でパスポートの有無を確認するようにしましょう。それにしても、航空券発見前に気付いて本当によかった。
[2005/04/01 07:06] | 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0)
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